普通に生活させてくれる親を好きになれない。
大学や高校にいくまでのお金を出してもらったし、「毒親」なんて言えないよね…。
「普通に育ててくれたはずなのに、生きづらい…😢」
実は多くの人が口には出せないだけで、こういった悩みを抱えているのではないでしょうか?
あなたもこの記事を見にきたということは少なからずそういった思いを抱えているのだと思います。
こういった悩みは冷たい人と思われてしまう可能性があるため、誰かに相談したくても、相談しづらいですよね…。
結論からいうと、
→たとえ裕福に生活させてくれる親でも嫌っていいし、あなたが嫌だと思ったら離れてもいい。
一般的、裕福な生活を提供してくれる親であっても、「毒親」と確信できなくても、あなたが不快感を感じたのならその家族からは距離を置くことをオススメします。
たとえ金銭的な面での恩恵を受けている、恵まれているとしても、
心の健康やあなたの人生に対してネガティブな影響を及ぼす可能性が高く、今よりも生きづらい人生が待っているかもしれません。
本記事では、一般的・裕福な生活をさせてくれる親でも嫌っていい理由、距離を置くべき理由について詳しく説明します。
どうも、サトウベアーです!(@KmoWyxoTbqIn70Q)
今回は毒親じゃなくても関係ない。嫌な親からは離れても良い理由についてお話ししたいと思います。
この記事の結論について
ほかの親と自分の親を比べてはいませんか?
エグい毒親エピソードを聞くことがありますよね。
- 冬の外に長時間放置されていた。
- 食事もロクにもらえず、学校に通わせてなかった。
- 生後半年で一人で留守番させていた。
などなど。
そんなエピソードを聞くたびに、
親はちょっと厳しいけど…
さすがそこまでやられたことはないし、やっぱり自分の親は毒親って言い過ぎだよね💦
そう思ったことが一度でもありませんか?
実はそれって意味がないことなんです。
なぜなら、本当に大切なことは他人がどうこうではなく、「自分がどう思ったか?感じたか?」です。
他人のされたこと、自分のされたことを比べる必要はなくて、
なんかおかしい。自分は不快に感じた。
と思ったら、その違和感は大事ですし、「それはおかしいよ。」と声をあげてもいいのです。
優しい人ほど注意!我慢は毒でしかない。
いやいや!不快な思いをしたからって、なんでも親を批判するのはさすがにおかしいでしょう!
中にはそう思った人もいると思います。
そう思えたなら実に賢いですし、あなたは忍耐強く、とても優しい人なのだと思います。
しかし、そういった優しい人ほど注意が必要です。
なぜなら、極限まで我慢をしてしまうからです。
ちょっと嫌だな。でもこのくらいだったら…。
優しい人ほど争いを好まないので、相手に怒らず、その場を収めますが…
小さな我慢や不満はたまります。
優しい人ほど我慢が得意ですから、その小さい我慢をずっと続けてしまうのです。
その結果…
我慢を重ねすぎることで自分をさらに傷つけたり、他人傷つけたりなど思わぬ方向へといってしまう可能性があります。
優しい人ほど「自分が我慢すれば…」と思いがちですが、
相手のためにも、自分のためにも「それはおかしい。」と思ったら我慢せず、自分の思いを伝える必要があるのです。
むしろ、自分がおかしい・傷つけられたと思った時は「それは違う」「傷ついた」と言ってもいいのです。それが健全な親子関係ではないでしょうか?
親だからって違和感を感じたこと、傷つけられたことを我慢する必要はないのです。
ここはできる。ここはできない。と親に妥協点を伝えてみる。
もし親への我慢や不満を重ねているようでしたら、
「ここまでは妥協できる。ここまでは妥協できない。」
と親に妥協できる点を伝えてみる方法がいいかもしれません。
「子どもと親の意見」どちらかに偏りすぎてもよくはありませんし、なにより片方が我慢する関係は長続きしません。
ですから、親と一度、お互いの妥協点について話し合うのです。
親と子どもの関係はあくまでも対等です。
「親子」という関係以前に子どもだって親と同じ一人の人間です。子どもだからっていって遠慮する必要はありません。
親だから偉いとか、親だからといってなにをしてもいいわけではないのです。
もし、親がお互いの妥協点について話し合いにもならない、
話し合っても、約束したはずの内容が守られず、それについて問いただしても、
親にむかってなに偉そうしてるんだ!嫌ならでていけ!誰が育ててやったと思っているんだ!
と恐喝まがいな言葉を言われたなら、それは疑いようがない「毒親」です。
「毒親っぽいかも… 😥」と少しでもそう感じたなら一度診断してはいかかでしょうか?
※”毒親育ちは自分では毒親育ちだと気づけない”という内容の記事です。毒親診断もできます。
そもそも、なぜ親にそこまで感謝しなければいけないのか?
なにかおかしくありませんか?
裕福に育ててもらったからって、なぜ親にそこまで感謝しなかればいけないのでしょうか?
え?だって育ててくれたし、お金だってたくさん出してくれてるし…
たしかに子育ては大変かもしれません。
自分の時間削って子育てしなければいけませんし、お金だってすごいかかります。お金を稼ぐためには働かないといけません。
習い事・塾にだって通わせるのにお金だってなおさらかかります。
しかし、大変だと分かってても、お金がすごいかかるとしても、あなたを産んで、育てるといった生き方を選んだのはあくまでも「親自身」です。
親自身が自分のために、自分の都合で、自分の選択で子どもを産むと決め、
育児にお金を掛けると親が決めたのは親自身です。子どもがお願いしたことではありません。
親が勝手にやっているですから、子どもが親のだしたお金の責任まで取る必要はありません。
「子どもを産まない」という選択肢もあったのに、親自身、本人達が幸せになりたいがためにお金をかけているのですから、
”裕福に育ててもらったから親に感謝してあたり前”みたいな発想をするのはちょっと違うではないでしょうか?
親に感謝してあたり前ではなく、子どもは親にお金をだしてくれたことを感謝してもいいし、しなくてもどちらでもいいと思うのです。
あなたが親をありがたく想っているのなら、感謝してもいいし、迷惑に思っているのなら感謝しなくていいと思います。
”裕福に育ててもらったから親に感謝してあたり前”ではなく、どっちを選ぶかは子ども自身、あなたが決めて良いことなんです。
裕福に育ったかは関係ありません。
親に感謝しても良いし、感謝しなくてもいい。親が決めることじゃなくて、子どもが決めて良いことなんです。
「自分が嫌い」と思った人からは、たとえ親でも離れてもいい。
まず大前提として、
親どうこう言う前にどんな人でも「自分は嫌だな。離れたいな。」と思う人から離れていいと思うのです。
これと同じように、嫌な人から離れることが当たり前のように、親からも「嫌だな😔」と思ったら離れていいんです。
というかそれが自然な行動です。
しかし、なぜか「親だから。」という理由でためらってしまう場合があります。
それはなぜか?
それは親にそういった「洗脳」されてきたからです。
「親を嫌いになっていけない。離れてはいけない。」という洗脳受けているんです。
実は”親こそは人生の一番で大事なもの!”だと思い込まされていることがあります。
あなたも思い当たる節がありませんか?
普段から親に感謝しろと言われたり、親は一番偉いんだと幼い頃から言われて育ったりと…。
子どもの頃から言われすぎて、あたり前すぎて気づいてないだけで、異常事態が”日常”になっていませんか?
「我が家の常識が世間の非常識」にといった言葉がある通り、
一般の家庭では親は感謝や尊敬を強要したりしません。むしろそれが異常なことで、子どもはむしろ親に感謝されて生きてることのほうがあたり前なんです。
「家族」に囚われる必要はない
世間一般では「家族」はいいもの、尊いものといった考えがありますが、
果たして本当にそうでしょうか?
「家族」というものは気軽に助け合うこと、人を繋げる効果がありますが、
一方で、場合によっては家族に人生を拘束をされてしまう、してしまう危険性もあります。
多くの人は「家族」のという幻想に囚われています。
家族だからといって特別扱いしがちですが、家族というものは人によって薬にもなるし、毒にもなることもあるのです。
無理に「家族」にこだわったり、しばられる必要はないのではないでしょうか?
もちろん、普段から仲が良く、家族同士で助け合って困難を乗り越える姿はステキだと思いますが、
- 家族だから感謝しなければならない。
- 家族だから理解し合う必要がある。
- 家族だから責任を持たなければいけない
といった「家族だから…」といった理想は捨てても良いと思います。
あくでも理想は理想です。理想を目指して苦しむぐらいなら、目指さなくてもいいのです。
「家族」といった幻想に囚われるのでなく、あなたはあなたの人生を生きてくださいね。
金銭面関係なく、愛情をかけて育ててくれたのなら、自然と親に感謝し、尊敬するようになる。
そもそも愛情をもった親に育てられた子どもは、金銭面等関係なく、なにも言わなくても親へ感謝するようになります。
愛情たっぷりに育てられたため、自然と親に感謝するものなのです。
そして、親から「ここまで育ってくれてありがとう☺️」と子どもへと感謝をし、そんな親を見て、子どもも親を尊敬する。
そんな良好な関係が、愛情がある健全な親子関係です。
親に自然に感謝も尊敬もできないなら、単純に親が愛情をかけてくれなかった証拠
そう考えると、
お金をかけて育ててくれても、自然に感謝も尊敬もできない親というのは単純に愛情をかけてくれなかったということになるのではないでしょうか?
子どもは親をよく見ていないようで、よく見ているのです。
子どもとういうのは、基本的に不満があってそれを全力に努力して対処してくれる・解消してくれる親の姿を見て、子は親の愛情をはじめて実感し、親に心から感謝するようになります。
愛情が足りていて、強制がなければ、子どもは親に自然と感謝するはずのものです。
しかし、それが自然に感謝する気持ちが湧かなかったということは残酷なことですが、
あなたを本当に意味で愛してくれてくれなかったということなのです。
いくら金銭面で裕福に育ててくれても、恵まれていても、精神的な部分では満たされることはありませんからある意味では当然なことなのです。
親子関係の問題の本質は裕福に育ててくれたことではなく、
愛情をもって育ててくれたのか?育ててくれなかったのか?その違いです。
だからこそ、一般的、裕福な生活を提供してくれる親であっても、嫌いなってもいいし、親から距離を置いてもいいと思うのです。
実はあなたは隠れ毒親育ちかも?
記事を読んである程度納得して頂けたら、もしかしたら、あなたは「隠れ毒親育ち」かもしれません。
この機会にぜひ一度、”自分は本当に毒親に育てられたのか?”診断してみませんか?
あなたがなぜ今苦しんでいるのか原因がハッキリするかもしれません。
毒親じゃなかったら、それはそれで”「毒親ではなかった」という答えを得る”ことができます。挑戦しても決して損することはありません。
今回の一言まとめポイント💡
子どもははたとえ裕福に生活させてくれる親でも嫌っていいのです。
心の健康と幸福を守るためには、時には親から距離を置き、自分の幸せや夢を追求することが重要です。
親子関係の問題の本質は裕福に育ててくれたことではなく、
愛情をもって育ててくれたのか?育ててくれなかったのか?その違いです。
だからこそ、一般的、裕福な生活を提供してくれる親であっても、嫌いなってもいいし、親から距離を置いてもいいのです。
裕福に育ててもらったからいってなにをしてもいいという道理はないです。あなたが我慢する必要はありませんよ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
一刻も早く毒親から解放されて幸せな人生を生きましょう!それでは!